これまでの連載で、量子コンピュータの方式や部素材、開発主体を見てきました。今回は、それらの技術や人材が集まる「場」に注目します。内閣府資料は、産業技術総合研究所に創設された量子開発センター「G-QuAT」を、量子技術の産業利用を進める国際的なハブとして位置づけています。連載第7回では、この拠点の中身と、その周辺で育っているスタートアップ群を整理します。
※本連載は内閣府「量子エコシステム構築に向けた推進方策」(R8.1.30 資料4)を参考情報として読み解くものです。事実部分の出典は同資料に拠ります。
産総研が、量子産業の国際ハブとして「G-QuAT」を立ち上げた
資料によれば、我が国を量子技術の産業利用の国際的なハブとすべく、産業技術総合研究所に量子開発センター「G-QuAT」が創設されました。狙いは、世界に先駆けて量子コンピュータの産業化を実現するための支援です。研究機関の中に、産業利用を前提とした拠点が置かれた点が特徴です。
つまりG-QuATは、基礎研究のための施設というより、企業が量子を実際に使えるようにするための場として設計されています。技術を「作る」段階から「使ってもらう」段階へ橋渡しする役割を担っています。
3種の量子コンピュータとスパコンを組み合わせた環境
G-QuATの中核にあるのは、複数の量子コンピュータとスーパーコンピュータを組み合わせたハイブリッド環境です。資料は、3種の量子コンピュータとスパコンを活用する体制を示しています。
| 種別 | 内容 |
|---|---|
| 超伝導方式 | 富士通 |
| 冷却原子方式 | QuEra(米国スタートアップ) |
| 光方式 | OptQC(東大発スタートアップ) |
| スーパーコンピュータ | ABCI-Q(NVIDIA製GPU) |
異なる方式の量子コンピュータと、GPUを擁するスパコンを一つの環境にそろえている点が重要です。第1回で触れたように、量子の実用化は古典との組み合わせが前提です。G-QuATは、その「量子+古典」のハイブリッド計算を、複数方式で比較検証できる場として整備されています。資料はこれを世界最先端の環境と位置づけています。
120名超の体制と、国際的なアドバイザリーボード
G-QuATは総勢120名以上の体制で運営されています。センター長は、元東京工業大学長の益一哉氏(2024年10月1日就任)です。さらに、米欧加の量子産業団体や日米の量子関係企業から成る国際アドバイザリーボードが置かれ、資料にはそのメンバーの例としてJohn Martinis氏(2025年ノーベル物理学賞受賞)の名も挙げられています。
研究機関の一拠点としては大きな規模であり、国際的な顔ぶれが関与している点からも、国がこの拠点に置く期待の大きさがうかがえます。人材が集まる場が用意されていることは、量子産業の裾野が広がっていく前提条件のひとつです。
G-QuATの周辺に、量子スタートアップ群が育っている
資料は、国内の量子コンピュータ関連スタートアップが設立されつつあると述べ、領域ごとに具体的な企業を挙げています。転職先の候補を把握するうえで参考になるため、整理します。
| 領域 | 企業 | 特徴 |
|---|---|---|
| ハードウェア | NanoQT | 早稲田大発、国内初の量子コンピュータ開発SU。Cavity QED技術を用いた次世代中性原子型QC |
| ハードウェア | OptQC | 東大・古澤研発。光型QCの大規模化に挑戦 |
| ハードウェア | Qubitcore | OIST発。イオントラップでQCの未来を切り拓く |
| コンポーネント | QuEL, Inc. | 大阪大学を中心に開発されたQCの制御装置・ミドルウェア技術を事業化 |
| コンポーネント | LQUOM | 長距離量子通信技術を開発。金融・遠隔医療・防衛などに安全な通信を提供 |
| ソフトウェア | QunaSys | QCアルゴリズムの研究から実用エンジニアリングまで一貫開発。量子化学計算に強み |
| ソフトウェア | Jij | 数理最適化の立ち上げ・計画・実行・ソリューション構築までフルサポート |
| ソフトウェア | Fixstars | 量子アニーリングと相互運用可能な高性能GPUベースの計算基盤を開発 |
| ソフトウェア | Quemix | 量子コンピューティング・センシング向けのアルゴリズムとソフトウェアを開発 |
ハードウェア、コンポーネント、ソフトウェアの各層にスタートアップが並んでいることが分かります。これらの多くは大学発であり、出自となった研究室の専門性を事業に転換しています。
古典HPC・GPUの経験も、量子産業の入り口になる
ここからは、当社が量子・DeepTech領域の求人を扱う立場からの観察を加えます。G-QuATの構成は、量子業界の入り口について示唆を与えます。
G-QuATがスパコンとGPUを量子と並べていることが象徴するように、量子産業は古典の高性能計算(HPC)やGPUの技術と地続きです。ソフトウェア領域のスタートアップを見ても、Jijは数理最適化、Fixstarsは高性能GPUベースの計算基盤を出発点としています。量子力学の専門家でなくても、最適化やHPC、GPUプログラミングの経験があれば、ハイブリッド計算やソフトウェアの領域で貢献できる余地があります。スタートアップ群の一覧は、そのまま現実的な転職先の候補リストとしても読めます。
よくある質問(FAQ)
G-QuATとは何ですか?
産業技術総合研究所に創設された量子開発センターです。我が国を量子技術の産業利用の国際的なハブとし、世界に先駆けて量子コンピュータの産業化を実現するための支援を行う拠点で、総勢120名以上の体制で運営されています。
G-QuATにはどんな設備がありますか?
超伝導方式(富士通)、冷却原子方式(QuEra)、光方式(OptQC)の3種の量子コンピュータと、NVIDIA製GPUを擁するスーパーコンピュータ「ABCI-Q」を組み合わせたハイブリッド環境を備えています。
量子のスタートアップにはどんな企業がありますか?
ハードウェアではNanoQT・OptQC・Qubitcore、コンポーネントではQuEL・LQUOM、ソフトウェアではQunaSys・Jij・Fixstars・Quemixなどが、それぞれの大学発の専門性を事業化しています。
まとめ
G-QuATは、量子技術の産業利用を進める国際ハブとして産総研に設けられた拠点です。3種の量子コンピュータとスパコンを組み合わせたハイブリッド環境、120名超の体制、国際アドバイザリーボードを備え、その周辺ではハード・コンポーネント・ソフトの各層にスタートアップが育っています。古典HPCやGPU、最適化の経験も量子産業の入り口になりうる点は、転職を考えるうえで押さえておきたい視点です。
次回・第8回からは、量子の第2の柱である量子通信に移ります。盗聴を原理的に検知できる量子暗号通信で、日本がどのような技術的立ち位置にあるのかを読み解きます。
出典・引用元
内閣府「量子エコシステム構築に向けた推進方策」(量子技術イノベーション会議 R7.5.30/内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局 資料4 R8.1.30)
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