ここまでの連載は量子コンピュータが中心でしたが、量子技術の柱はそれだけではありません。第8回からは、第2の柱である量子通信に移ります。盗聴されれば必ず痕跡が残る——量子の性質を使えば、原理的に安全な通信が可能になります。内閣府資料によれば、この分野で日本は世界トップレベルの技術を持ち、すでに製品化も実現しています。今回は、その立ち位置と今後の広がりを読み解きます。
※本連載は内閣府「量子エコシステム構築に向けた推進方策」(R8.1.30 資料4)を参考情報として読み解くものです。事実部分の出典は同資料に拠ります。
日本はQKD(量子鍵配送)で世界トップレベルにあり、製品化も進む
量子通信の中核技術が、量子鍵配送(QKD)です。暗号に使う「鍵」を量子の状態に乗せて送ることで、第三者が盗み見ようとすると状態が乱れ、盗聴を検知できる仕組みです。資料は、我が国企業がこのQKD装置で世界トップレベルの技術を持ち、製品化も実現していると明記しています。
量子コンピュータが「これからの実用化」を語る段階にあるのに対し、量子通信は一部がすでに製品として存在します。研究の最前線であると同時に、事業として成立し始めている分野だという点を、まず押さえておきたいところです。
東京QKDネットワークから、衛星・量子インターネットへ
日本の取組の象徴が、情報通信研究機構(NICT)を中核とする量子暗号通信テストベッド「東京QKDネットワーク」です。これを活用した技術検証が進められています。さらに、量子暗号技術と秘密分散技術を融合した「量子セキュアクラウド」の開発も進行しています。
展開は地上にとどまりません。衛星量子暗号の実現に向けて、国際宇宙ステーションと地上の間で秘密鍵の共有に成功しています。加えて、より遠い将来を見据えた量子インターネットの実現に不可欠な「量子中継技術」などの要素技術も研究開発中です。資料は、諸外国では拠点間のフィールド実証が進みつつあると指摘しており、ここは国際的な競争領域でもあります。
量子通信の技術地図
量子通信と一口に言っても、内訳は多岐にわたります。資料に示された方式と、国内外の主なプレイヤーを整理します。
| 方式・技術 | 主な国内プレイヤー | 主な海外プレイヤー |
|---|---|---|
| DV-QKD(BB84) | 東芝、NEC、NICT | IonQ(米) |
| CV-QKD | NEC | SpeQtral(星) |
| 衛星 | NICT、スカパーJSAT | — |
| 量子もつれ配信技術 | NICT、LQUOM、NTT | Cisco(米) |
| 量子メモリ | NICT、LQUOM | Qunnect(米)、Welinq(仏) |
| 量子インターフェース | NanoQT、Qubitcore | Nu Quantum(英) |
| 秘匿計算 | NTTドコモビジネス、NICT、NTT | — |
| 量子セキュアクラウド | 東芝、NICT、さくらインターネット、NEC | — |
表からは、東芝・NEC・NICT・NTTといった主体がQKDやセキュアクラウドで中心的な役割を担い、LQUOMやNanoQT、Qubitcoreといったスタートアップが中継や量子メモリ、インターフェースといった先端領域を手がけている構図が見て取れます。資料は、2040年代の量子インターネット実現に向けて、量子中継技術の要素技術の研究開発やフィールド実証が世界的に進み、スタートアップも設立されつつあると述べています。
社会実装の鍵は、ユースケースと耐量子暗号(PQC)との併用
技術が進んでも、使われなければ産業にはなりません。資料が課題として挙げるのは、通信距離・速度の向上や認証技術の確立、既存のデータ通信回線との統合といった技術面に加え、社会実装に向けたユースケースの創出です。医療・創薬、金融、製造といった分野でのアーリーアダプタの取り込みが、取組として示されています。
もう一点重要なのが、耐量子暗号(PQC)との関係です。PQCは、量子コンピュータでも破られにくいよう設計された暗号で、ソフトウェアで実装できます。資料は、量子暗号通信とPQCを相補的に活用する検討も重要だとしています。物理的なQKDと、ソフトウェアベースのPQC。両者は競合ではなく、組み合わせて使う対象として位置づけられています。
通信・暗号・ソフトウェアの経験が活きる領域
ここからは、当社が量子・DeepTech領域の求人を扱う立場からの観察を加えます。量子通信は、量子コンピュータとは求められるスキルの重心がやや異なります。
QKD装置の開発では、光通信や光学、ハードウェアの経験が活きます。既存の光ネットワークと量子鍵配送網を統合する取組が挙げられていることから、通信インフラやネットワークの技術者にも接点があります。耐量子暗号(PQC)の領域は、暗号やセキュリティ、ソフトウェア開発の経験が直接つながります。量子セキュアクラウドのように、クラウドやデータ基盤の知見が求められる領域もあります。量子通信は製品化が進んでいる分、研究だけでなく実装・運用・社会実装の人材も求められやすい分野です。
よくある質問(FAQ)
量子通信とは何ですか?
量子の性質を利用して、原理的に盗聴を検知できる安全な通信を実現する技術です。中核となるのが量子鍵配送(QKD)で、第三者が鍵を盗み見ようとすると量子状態が乱れ、盗聴を検知できます。
量子通信で日本はどの位置にいますか?
QKD装置で世界トップレベルの技術を持ち、製品化も実現しています。NICTを中核とする東京QKDネットワークでの検証や、衛星量子暗号、量子セキュアクラウドの開発が進められています。
耐量子暗号(PQC)と量子通信は競合しますか?
競合ではなく、相補的に活用する対象とされています。物理的なQKDと、ソフトウェアで実装できるPQCを組み合わせることが、社会実装に向けて重要だと整理されています。
まとめ
量子通信は、盗聴を原理的に検知できる安全な通信を実現する技術であり、日本はQKDで世界トップレベルにあって製品化も進んでいます。東京QKDネットワークを起点に、衛星や量子インターネットへと展開が広がり、社会実装に向けてはユースケース創出と耐量子暗号(PQC)との併用が鍵になります。製品化が進む分野だけに、研究に限らず実装・運用・セキュリティの人材にも入り口が開いています。
次回・第9回は、この量子通信の社会実装の最前線に踏み込みます。東芝・NEC・東京QKDネットワークを軸に、日本がどのように製品化と社会実装を進めているのかを具体的に見ていきます。
出典・引用元
内閣府「量子エコシステム構築に向けた推進方策」(量子技術イノベーション会議 R7.5.30/内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局 資料4 R8.1.30)
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