2026年7月20日〜7月26日の一週間で、当編集部が収集した量子技術関連の発表が確認出きたのは8件でした。
今週はNEDOの採択発表が同じ週に2件重なった週でした。しかも両方とも、同じ公募テーマの中に入っており、国の予算がどこに落ちたかが見えると、この先2〜3年でどんな人が必要になるかも見える一週間でした。
編集部の視点:今週は「予算が年限に変わった」週
NEDOの同一テーマに、大企業とスタートアップが並んで採択された
今週いちばん重い動きは、NEDO「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」のテーマ「社会課題解決に向けた量子コンピュータ次世代機開発・実証の加速」への採択発表が、7月22日と23日に連続したことです。
7月22日、日立製作所がインテルとの共同提案で実施予定先に採択されました。実施期間は2029年3月まで。産総研との共同研究として進めます。翌23日には、OIST発のスタートアップQubitcoreが同じ事業の「大規模量子コンピュータ実現に向けた部素材開発」枠で採択を発表しました。こちらは2026年度から2028年度、沖縄研究開発センターが中心です。
ポイントは、同じ国費の枠内で、時価総額10兆円規模の重電メーカーと設立2年のスタートアップが並走していることです。日立は半導体量産プロセスを前提としたチップ設計と実装、Qubitcoreは複数のQPUを光でつなぐ微小光共振器。担当領域が真正面からは重なっていません。国として、大規模化のボトルネックを分割発注しているように見えます。
そして注目したいのが、日立が示した数字です。2027年度にクラウド公開、2028年度に100量子ビット、2030年度に1,000量子ビット規模の量子誤り訂正符号を実装した試作機。年度が明記されたロードマップが公的資金の裏付けとセットで出てきた、という点に意味があります。「いつか」ではなく「2028年度」と書かれた瞬間に、そこから逆算した採用計画が動き始めるからです。
産総研G-QuATが、静かにハブになっている
今週の発表を並べると、産総研の量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT)が繰り返し登場します。
7月21日、OptQCが光量子コンピュータ1号機「MoQuren(モクレン)」をG-QuATに設置して稼働を開始しました。商用化を見据えた国産光量子コンピュータが実際の研究・開発環境に導入される事例としては世界初とされ、産総研が構築中の量子・古典融合計算基盤「ABCI-Q」の構成要素(システムO)につながる位置づけです。光方式は極低温の冷却環境が不要で室温・常圧で動作するため、データセンターの消費電力問題との相性が語られています。
一方、日立・インテル案件でも、シリコン量子コンピュータの実験環境をG-QuAT経由でクラウド公開する計画が開発項目に入っています。つまり、光方式もシリコン方式も、出口がG-QuAT/ABCI-Qという同じ計算基盤に接続されていく構図です。
これは業界構造として地味に大きい変化です。これまで量子コンピュータは方式ごとの縦割りで語られてきました。それが「どの方式で作るか」から「どの基盤にどう載せるか」へ、議論の重心が移りつつあります。マルチ方式を束ねる基盤側の設計・運用が、独立した仕事として立ち上がってくるということでもあります。
出口側は「FTQCを待たない」に振れている
ハードウェアの話ばかりではなく、7月22日、クオンティニュアムとソフトバンクが共同ホワイトペーパー「Quantum Computing Frontiers」を発表しました。量子化学と大規模グラフ解析(トポロジカルデータ解析)という2つの応用領域を、クオンティニュアムのハードウェア・ロードマップに対応付けた内容です。
ここでのメッセージは明快でした。クオンティニュアムのアプリケーション・グループGMは、企業が大規模なFTQCシステムの登場を待つ必要はないという趣旨のコメントを出しています。今あるシステムでアプリケーションを開発しベンチマークを取ることが、次世代の量子活用型コンピューティングに向けた技術的・運用上の準備になる、と。
ソフトバンク側のCTOコメントも同じ方向でした。量子が価値を出せるかを議論する段階から、どの課題がいつ実用段階に到達するかを見極める段階へ移っている、という認識です。両社はこれを量子AIデータセンターサービスとビジネスモデルの検討に使うとしています。
もっとも、このホワイトペーパー自体が「財務上の助言や予測ではない」「商用化やインフラ投資へのコミットメントと解釈されるべきではない」と明記している点は、読む側として押さえておきたいところです。市場の期待値を測る枠組みであって、収益予測ではありません。
量子は「通信インフラ側」からも入ってきている
もう1件、見落とされがちな発表があります。7月22日、中華電信・富士通・1FINITYの3社が、台湾でのオールフォトニクス・ネットワーク(APN)拡大と量子技術活用に向けた2年間の戦略的パートナーシップに合意しました。海底システムを活用したAPNの技術検証、APNを使った分散データセンターの実現、そして量子技術の分散データセンター向けネットワーク制御への適用可能性の検討が含まれています。
中華電信のCTOコメントには「量子安全な通信」という言葉が出てきます。量子コンピュータの計算能力の話ではなく、光通信インフラの設計要件として量子技術が組み込まれつつあるということです。国内では量子=計算機の文脈で語られがちですが、通信キャリア側からのアプローチは別ルートで進んでいます。
人材市場への含意:採用の中心が「物理」から「製造・実装・運用」へ広がる
ここからが、キャリアを考えるうえで本題です。今週の発表を人材要件に翻訳すると、かなりはっきりした変化が見えます。
日立の開発項目は、そのまま求める求人像にもなっています。
日立が公表した4つの開発項目を、職種の言葉に置き換えてみます。
| 開発項目 | 必要になる人材像 |
|---|---|
| 量子ビットチップ設計・パッケージング(インテル18Aプロセス活用) | 半導体デバイス設計、プロセスエンジニア、パッケージング技術者 |
| プロセスデザインキット(PDK)の開発 | EDA/設計環境エンジニア、デバイスモデリング |
| 1,000量子ビット向け3D実装技術 | 実装技術者、極低温環境の熱・機械設計 |
| クラウド展開向けシステム開発 | クラウドインフラ、SRE、APIエンジニア |
4項目のうち、量子物理そのものの専門性を第一要件とするものは少なく、半導体の量産プロセス、実装、クラウド運用──いずれも既存の産業で厚い人材層がある領域です。
日立自身、研究段階の大きな課題として「デバイスごとの性能ばらつき」を挙げ、インテルの18Aプロセス技術でこれを克服すると書いています。これは物理の問題というより、製造工学の問題となります。この1年見てきた量子関連のポジションでも、半導体前工程・後工程の経験者や、極低温装置・真空系のエンジニアが評価されるケースが増えました。量子業界への転職は、もはや物理博士の専売特許ではありません。
今、半導体メーカーやEMSで実装・プロセスに関わっているなら、経歴の翻訳次第で十分に土俵に乗れます。
スタートアップは、技術職以外も採り始めている
Qubitcoreのリリースには、採択の告知と並んで採用の案内が入っていました。募集対象として挙がっているのは、リサーチャー・エンジニアに加えてビジネス、ファイナンス、コーポレート領域です。
これはディープテックスタートアップの典型的な成長カーブを示しています。国の事業に採択されると、研究の手を増やすだけでは回らなくなる。予算執行の管理、共同研究契約、知財、労務、採用──いわゆるコーポレート機能の負荷が一気に上がります。設立2年の会社が3年間の国家プロジェクトを回すなら、当然の判断です。
よくあるパターンとして、事業会社の経理や法務からディープテックスタートアップのコーポレートに移り、そこで「技術は分からないが事業構造は分かる」役割を担う方がいます。量子業界は専門性の壁が高く見えますが、会社を回す機能の求人は、業界知識ゼロからでも入口になり得ます。
期間が明示された案件は、採用の読みやすさが違う
転職を検討する立場から見て、今週の採択発表には実務的な価値があります。実施期間が公表されていることです。
- 日立・インテル・産総研:2029年3月まで
- Qubitcore:2026年度〜2028年度
公的資金の裏付けと期間が明示されたプロジェクトは、少なくともその期間中の人員計画が立っています。ディープテック領域では「資金調達の波でチームが縮む」リスクが常につきまといますが、国家事業の実施主体はその不確実性が相対的に低い。求人を見るときに、その会社がどの公的プロジェクトに紐づいているかを確認するのは有効なリスクチェックです。NEDOの実施予定先一覧は公開されています。
事業会社側では「ドメイン知識×量子」が求められる
クオンティニュアムとソフトバンクが選んだ応用領域は、新材料探索・エネルギー研究に向けた量子化学と、通信分野の不正検知を含む大規模グラフ解析でした。
ここで効くのは量子アルゴリズムの知識だけではありません。その業界の課題が何で、どのデータがあり、何がボトルネックかを知っている人です。製薬の計算化学、素材メーカーのシミュレーション、通信キャリアの不正検知——既存ドメインの専門家が量子側にキャッチアップするルートは、量子研究者がドメインを学ぶより現実的な場合が多い。
そしてOptQCは、実機提供に先駆けてSDKとドキュメント、サンプルコードを無償公開する予定だとしています。実機の順番待ちをせずに手元のPCでアルゴリズムを検証できる環境が整うということです。今の職場にいながら学習を始められるのは、キャリアチェンジを考える人にとって小さくない条件変化です。
今週の発表一覧
出典はすべて発信元の原文にリンクしています。
研究開発・インフラ
- 7月21日 OptQC|OptQCと産総研、光量子コンピュータ1号機「MoQuren」を構築し稼働開始
- 7月22日 日立製作所|日立、学術実証から産業応用への展開の加速に向け、インテル株式会社および産業技術総合研究所との協力によりシリコン量子コンピュータの研究開発を開始
- 7月23日 Qubitcore|Qubitcore、NEDOの大規模量子コンピュータ実現に向けた研究開発事業に採択
事業連携・ユースケース
- 7月22日 富士通|中華電信、富士通、1FINITY、台湾におけるオールフォトニクス・ネットワークの社会実装と量子技術活用に向けた戦略的協業に合意
- 7月22日 クオンティニュアム|クオンティニュアムとソフトバンク、誤り耐性量子コンピューティング(FTQC)時代に向けた実用的な量子コンピューティング・ユースケースの拡張に関するホワイトペーパーを発表
- 7月22日|量子コンピューターOSで、大量の物件から「自分に合う部屋」を提案、不動産屋ドットコム「お部屋なこうど」サービス開始。量子耐性を備え地震テンソル計算をマイニングするPoTGW型ブロックチェーンも同時発表
普及・イベント
- 7月23日|量子コンピューターの世界を体験しよう! The Lab.に大阪府/大阪大学量子情報・量子生命研究センターが出展
- 7月24日 QunaSys|7月28日(火)15:00〜:「『量子コンピュータ』を通して半導体産業の未来を問い直す」ワークショップを開催
なお、収集リスト上は11件でしたが、OptQC・不動産屋ドットコム・QunaSysの3件がそれぞれ重複していたため、本記事では8件として整理しました。当編集部は件数を実態より多く見せることをしません。
また、量子関連の用語は発表主体によって使われ方の幅が大きく、技術的な定義が原文から確認しづらいものも含まれます。個々の内容の評価は、リンク先の原文をご確認のうえ判断してください。
来週以降の注目点
3つ挙げておきます。
1つめ、NEDO採択の続報です。今回の公募は複数テーマ・複数実施先で構成されています。日立とQubitcore以外の採択企業からのリリースが、今後数週間で続く可能性があります。どの方式・どの部素材に予算が配分されたかが出そろえば、業界地図の解像度が一段上がります。
2つめ、OptQCのSDK公開時期です。ドキュメントとサンプルコードがサービスサイトで順次公開される予定とされています。国産光量子のアーキテクチャに触れられる開発者向けの入口が整うと、コミュニティの層が変わります。
3つめ、QunaSysのワークショップです。「量子コンピュータを通して半導体産業の未来を問い直す」というテーマ設定は、今週の日立×インテル案件と完全に地続きです。開催は7月28日15時から。量子と半導体の接点をどう語るかは、まさに今の人材需要の核心にあります。
まとめ
今週の8件を一言でまとめるなら、「量子コンピュータの開発が、物理の問題から製造・実装・運用の問題に移った週」です。年度入りのロードマップと公的資金がセットで出てきたことで、この先3年の人材需要の輪郭が見えました。
そして需要の中心は、量子物理の専門家だけではありません。半導体プロセス、実装、極低温、クラウド運用、そしてコーポレート機能。あなたが今持っているスキルが、量子業界では別の名前で必要とされている可能性は十分にあります。
まずやってみてほしいのは、気になる企業のリリースを1本、最後まで読むことです。開発項目のセクションに、そのまま必要な職種が書かれています。今週の日立のリリースは、その練習にちょうどいい教材でした。
とはいえ、自分の経歴が量子業界のどのポジションに翻訳できるのかを、一人で見極めるのは難しいですよね。
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※本ダイジェストは、当編集部が巡回している発信元RSS(企業・大学・研究機関・政府)から、量子技術に関連する発表を収集し、週単位でまとめたものです。収集対象の網羅性は保証されません。各項目のリンク先は発信元の原文です。記載内容は各発表時点の情報であり、その後変更される場合があります。