量子コンピュータには複数の「方式」があります。ニュースで「超伝導」「イオントラップ」「光」といった言葉を見かけても、その違いまで整理する機会は多くありません。連載第3回では、内閣府資料に示された5つの方式を、原理・制御方法・動作温度・開発主体の観点から比較します。方式の違いは技術の話にとどまらず、どの専門領域がどの方式で活きるかという、キャリアの地図にも直結します。
※本連載は内閣府「量子エコシステム構築に向けた推進方策」(R8.1.30 資料4)を参考情報として読み解くものです。事実部分の出典は同資料に拠ります。
本命の方式は、まだ決まっていない
量子コンピュータの中心となる「ゲート方式」には、複数の技術方式が存在します。最初に実現され、最も研究開発が進んできたのは超伝導方式です。ただし資料は、各方式の主体から大規模化に向けた論文や発表が相次ぎ、開発競争が激化していると指摘し、どの方式が主流になるかは予断を許さない状況だと整理しています。
つまり、現時点で「勝ち方式」を断定できる段階ではありません。これは技術選定としては不確実性ですが、後ほど述べるように、キャリアの観点では入り口が複数あることを意味します。
制御方法と動作温度で見ると、違いがはっきりする
5方式の特徴を並べると、違いが明確になります。とくに「何で制御するか」と「どこまで冷やす必要があるか」は、求められるエンジニアリングの性質を大きく左右します。
| 方式 | 原理 | 制御方法 | 動作温度 |
|---|---|---|---|
| 超伝導 | 超伝導リングを流れる磁束の向き | 電気 | 0.01K程度 |
| シリコン | シリコン回路中の電子スピン | 電気 | 4K程度 |
| 光 | 光の偏向方向 | レーザー | 常温※ |
| イオントラップ | 電場・レーザーで捕捉したイオン | レーザー | 常温 |
| 冷却原子 | 磁場・レーザーで捕捉した中性原子 | レーザー | 常温 |
※光方式でも、光の検出器として4K程度の低温状態の装置を使う場合があります。
電気で制御する超伝導・シリコンは、極低温環境を必要とします。とくに超伝導は0.01K程度という絶対零度近くまで冷やす必要があり、ノイズの影響を抑えるための冷却技術が欠かせません。一方、レーザーで制御する光・イオントラップ・冷却原子は常温で動作するものが多く、求められる技術の重心が光学やレーザー制御に移ります。なお資料によれば、量子ビットを一度にまとめて制御するアニーリング方式は、構造上、超伝導でのみ存在します。
開発主体は、方式ごとに顔ぶれが異なる
どの企業・研究機関がどの方式に取り組んでいるかも、方式選びの手がかりになります。資料に挙げられた主な開発主体を整理します(赤字相当=日本の企業・大学等、太字相当=商用化済をもとに要約)。
| 方式 | 主な企業 | 主なスタートアップ | 主なアカデミア |
|---|---|---|---|
| 超伝導 | 富士通、IBM、Google、Amazon、Alibaba | Rigetti、D-Wave、本源量子 | 理研/東大/阪大、UCSB、MIT、中国科学技術大 |
| シリコン | 日立、Intel、IBM | Blueqat、HRL、Silicon Quantum Computing | 理研、Delft工科大 |
| 光 | NTT | OptQC、XANADU、PsiQuantum | 理研/東大、中国科学技術大 |
| イオントラップ | Quantinuum | Qubitcore、IonQ、Alpine Quantum Technology | 阪大、OIST、Maryland大、NIST、Duke大 |
| 冷却原子 | — | Yaqumo、NanoQT、QuEra、Pasqal、Infleqtion、Atom Computing | 分子研/京大、CNRS |
日本勢の分布を見ると、超伝導に富士通と理研・東大・阪大、シリコンに日立、光にNTTと東大(古澤研由来のOptQC)、イオントラップに阪大やOIST発のQubitcore、冷却原子に早稲田発のNanoQTと京大系が並びます。特定の方式に集中しているのではなく、複数の方式に日本の主体が散らばっている点が特徴です。
方式ごとに、活きる専門領域が異なる
ここからは、当社が量子・DeepTech領域の求人を扱う立場からの観察を加えます。方式の違いは、そのまま求められるスキルの違いとして現れます。
超伝導やシリコンのように極低温・電気制御が中心の方式では、低温物理、希釈冷凍機まわりのエンジニアリング、電子回路、マイクロ波制御の経験が評価されます。光・イオントラップ・冷却原子のようにレーザー制御が中心の方式では、光学設計、レーザー、真空技術の経験が直結します。同じ「量子コンピュータの求人」でも、超伝導の現場と光の現場では、求められる技術者の素養が異なります。
転職を検討する際は、「量子に行きたい」ではなく「自分の専門が活きる方式はどれか」から逆算すると、応募先の解像度が上がります。半導体出身ならシリコン、光学出身なら光やイオントラップ、低温・真空の経験があれば超伝導や冷却原子、といった具合に、既存スキルとの接点が見えてきます。
「予断を許さない」状況は、転職者には追い風になりうる
本命が一つに絞られていないことは、技術投資の観点では不確実性を意味します。一方で、人材を探す側から見ると、複数の方式が並行して人を募集している状況です。仮に一つの方式に張ったとしても、その専門性は隣接方式や部素材へ展開しやすい性質があります。方式が分散しているうちは、入り口が一つに収束していないとも言えます。
よくある質問(FAQ)
量子コンピュータの方式はどれが一番優れているのですか?
現時点で優劣を断定できる段階ではありません。資料も、開発競争が激化しており主流方式は予断を許さないとしています。超伝導が最も研究開発が進んでいますが、各方式が大規模化を競っている状況です。
方式によって必要なスキルは変わりますか?
変わります。超伝導・シリコンは極低温・電気制御が中心で低温物理や電子回路の経験が、光・イオントラップ・冷却原子はレーザー制御が中心で光学・レーザー・真空の経験が活きます。
日本はどの方式に取り組んでいますか?
超伝導(富士通・理研・東大・阪大)、シリコン(日立)、光(NTT・OptQC)、イオントラップ(Qubitcore等)、冷却原子(NanoQT等)と、複数の方式に主体が分散しています。
まとめ
量子コンピュータには5つの主要方式があり、本命はまだ決まっていません。制御方法と動作温度の違いが、必要なエンジニアリングの性質を分けます。開発主体は方式ごとに異なり、日本勢は複数の方式に分散しています。方式の違いは、そのまま「自分のどの専門が活きるか」という地図として読めます。
次回・第4回は、日本の開発状況に焦点を当てます。理研・富士通・大阪大学による国産機の系譜と、2030年に向けた各社の構想を追い、採用主体がどこに広がっているのかを整理します。
出典・引用元
内閣府「量子エコシステム構築に向けた推進方策」(量子技術イノベーション会議 R7.5.30/内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局 資料4 R8.1.30)
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