三菱電機株式会社と量子コンピューティングのスタートアップ株式会社QunaSysは、製造業における「量子CAE(Computer Aided Engineering)」の実用化に向けた2つの基盤アルゴリズムを共同開発しました。
製品設計におけるシミュレーションの大幅な精度向上と時間短縮を実現する「量子CAE」ですが、従来は大規模な行列計算における計算コストや数値誤差が実用化の障壁となっていました。今回の共同開発はこれらの課題を直接解決するブレイクスルーとなります。
開発の背景:高精度化する製造業と「量子CAE」が抱えていた2つの課題
近年、製造業における製品開発では、流体・構造・電磁界解析などの物理シミュレーション(CAE)が不可欠となっています。製品の高性能化や高機能化に伴い物理モデルが複雑化し、従来の古典コンピューターでは計算時間および精度の両面で限界を迎えつつあります。
この限界を破る存在として期待されているのが、量子コンピューターを活用する「量子CAE」です。しかし、物理現象を記述する方程式を量子回路に落とし込む過程(巨大な行列計算)において、主に以下の2つの壁が存在していました。
量子CAE実用化に向けた従来の2大課題
- 課題1:計算コストの膨張(量子回路実行回数の増大)
シミュレーションで扱う行列データを量子コンピューターに組み込む際、データの正規化係数が肥大化。その結果、必要な精度を得るための量子ゲート操作や試行回数が莫大になり、計算コストが膨らんでいました。 - 課題2:計算精度の不安定化(丸め誤差・桁落ち)
量子信号処理(QSP)を用いてアルゴリズムを実行する際、回路パラメータ(角度列)の計算過程で極小値の処理が発生し、計算上の「丸め誤差」や「桁落ち」による精度低下が問題視されていました。
開発された2つの基盤アルゴリズムのイノベーション
今回、三菱電機とQunaSysは、これらの技術的課題に対してそれぞれ画期的なアプローチを採用した2つの基盤アルゴリズムを考案・開発しました。
1. 行列データの共通構造抽出による量子計算コストの大幅削減
大規模な行列データ内に存在する「数値の重複」や「出現パターンの重なり(共通部分)」に着目。データを効率的に再利用・差分合成する変換アルゴリズムを構築しました。
これにより、正規化係数の増大を抑え、量子コンピューター上で必要な量子回路の操作回数や実行回数を大幅に削減することに成功しました。
2. 処理順序の制御によるパラメータ計算の安定化(精度向上)
量子信号処理(QSP)回路を構成する角度列パラメータの計算アルゴリズムを改善。多項式係数の順序と計算ステップの関係を精査し、「あえて計算の向きを反転させてからパラメータを算出し、最後に元の順序に戻す」という新しい手順を考案しました。
この手法により、従来生じていた数値計算上の丸め誤差や桁落ちの影響を回避し、高精度な回路パラメータを安定して算出できることを実証しました。
開発体制と各社の役割
| 企業名 | 主な役割・貢献 |
|---|---|
| 三菱電機株式会社 | 基盤アルゴリズムの全体設計、および製造業における物理シミュレーション(CAE)への適用性・有効性の検証 |
| 株式会社QunaSys | 基盤アルゴリズムの技術開発および量子回路への実装支援 |
なお、本成果の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のムーンショット型研究開発事業(目標6:「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」)の一環として得られたものです。また、本研究成果は2026年8月24日より開催されている国際会議「AQIS 2026」にて発表されました。
今後の展望と産業へのインパクト
本技術の確立により、これまで計算負荷の高さから制限されていた複雑な流体解析、熱解析、構造解析、電磁界解析などが、将来的な量子コンピューター上で効率的に実行可能となります。
自動車や航空宇宙、精密機械、電子機器といった多岐にわたる製造プロセスにおいて、開発初期段階での超高速・超高精度な条件検証が可能となり、日本の製造業の国際競合力を飛躍的に高める鍵となることが期待されます。
【出典・参考情報】
・PR TIMES プレスリリース(2026年8月24日配信)
・国際会議「AQIS 2026」(Asia-Pacific Conference on Quantum Information Science 2026)発表資料